
前回までのあらすじ
2008年、リーマンショックによる金融危機の中、
謎の人物サトシ・ナカモトは新たな金融システムとして、
デジタル通貨のビットコインを提唱しました。
ビットコインは2009年1月3日にネットワークの始動が開始され、
2010年5月22日は初の商業取引……
ピザ2枚との交換が行われた「ビットコインピザデー」を経て、
ビットコインは実質的な価値がある!
と巷の人たちも認識し始めます。
ドルとのレートもどんどん上がっていき、
TIME誌にも紹介されましてと、急成長するビットコイン。
サトシ・ナカモトは2010年12月に中核から去りましたが、
後を継いだ技術者たちによって、ビットコインは成長し続けるでしょう!
……てな感じで誕生編を〆た訳ですが、
実のところどのような運命が、ビットコインを待ち受けていたのでしょうか?

ヤバい急成長
前述のとおり2011年、ビットコインは一般層にも知られるようになり、
その存在感を急速に高めていました。
一般層……なんて言い方をしてはみましたが、
この年ビットコインが注目されるきっかけとなったのは一般層どころか、
危ないダークウェブ市場の決済手段に、ビットコインが使われはじめたことだったのです。
ダークウェブですよダーク。ダーク、だそうです。
アニメでも特撮でもダーク〇〇なんて物は本来、
正義・本筋の〇〇がいて成立するはずです。
ウェブ=インターネットなんて表立ってさえ、
嘘・デタラメ・罵倒に溢れたダークゾーンじゃないか!
その上でダークと呼ばれるってことは、アンダーグラウンドも良いことなわけで……
ビットコインで決算できるようになった、シルクロードというダークウェブ市場では、
違法薬物や武器が売買されていたということです。
うーん。ダーク。紛うことなきダーク=闇……。
そんなところで使われて良いのか!?
とか、倫理的に思わないではないですが、
こう言った界隈で使われているというのは取りも直さず、
ビットコインの特徴である使用者の匿名性と、
中央集権的な組織を介さないで運営される
……という性質がいかんなく発揮されている、ということでははります。
なんにせよ2011年6月1日、Gawkerというニュースサイトが、
シルクロードについての記事を公開した際、その中でビットコインも取り上げられました。
これによって一層ビットコインへの関心が高まり、
5月には1BTC(ビットコイン)あたり約8.67ドルだった価格が、
6月8日には約31.91ドルに達し、バブル期を迎えました。
しかし、好事魔多しとはまさにこのこと。とんでもない事件が起きてしまうのです。

Mt.Goxハッキング事件
2011年6月19日。
当時全世界のビットコイン取引量の70%以上を占める最大手の取引所だった、
マウントゴックスの管理者アカウントが、ハッカーに取っ取られました。
芸能人がしでかしたときの「乗っ取られました」という言い訳けではありません。
マジでガチで乗っ取られた、というシデカシをしでかしたのです。
乗っ取ったハッカーは勿論ビットコインを盗みました。
当時はレートの変動が激しかったので、
確かな数字は断定できず、資料によっても違うなのですが
およそ875万ドルの被害だったようです。
この影響で市場価格も、一時的に1BTC=0.01ドルまで暴落します。
結果、多くの投資家が資産を失い、市場全体が混乱しました。
ここまででも大概な事態なですが、
マウントゴックス側はただでさえ預かってた資産を失った上に、
説明も後手後手に回り、多くのユーザーから批判を浴びました。
この対応不足によって、取引所全体への不信感が広まり
「暗号資産なんて所詮暗号、絵空事のお金だ!怖い!危ない!」
というイメージが形成されてしまったのです。

回復と新たな挑戦
それでもビットコインに期待する人、企業は潰えていませんでした。
2012年11月15日、大手ブログプラットフォーム「WordPress」が、
ビットコイン決済を採用したのです。
この決定はクレジットカード会社による制限や、
高額な手数料を回避するためでした。
WordPressは「自由な支払い手段」としてビットコインを選択し、
この動きは他企業にも影響を与えたのです。
これ以降、多くのオンラインショップやサービスプロバイダーが、
ビットコイン決済を導入するようになります。
おかげで再びビットコインについて、
「仮想通貨って実際に使えるんだ!怖くない!危なくない!」
という認識が広まり始めました。

初めての「半減期」
さらなる変化として2012年11月28日、
ビットコイン史上初となる「半減期」が訪れます。
これはマイニング報酬として新規発行されるビットコインの量が、
50BTCから25BTCに減少するイベントです。
いきなりマイニングなんて言い出してすみません。
マイニングとはビットコインの新しい取引データを、
ブロックチェーンという分散型台帳に記録する……という作業です。
この作業を行うには膨大な計算処理能力が必要であり、
報酬として新規発行されたビットコインが与えられます。
マイニング作業者=マイナーは、
この報酬目当てでネットワーク維持に貢献しているのえす、
半減期では新規発行量が減り供給量が抑制されます。
その減らし方=マイナーへの報酬の半減です。
方種が減る割に、これは意外と景気の良い話なのです。
というのもビットコインの出回る量がる
=ビットコインは”レア物”となる=ビットコインの市場価格が上がる!
といった事が期待されるわけです。
とはいえ、この初回半減期では大きな価格変動は見られませんでした。
しかしビットコインの市場規模や認知度が大きくなるにつれ、
この仕組み自体は後々重要な役割を果たすことになります。

キプロス危機:バブルとその崩壊
2013年3月16日、キプロスという国で金融危機が発生しました。
理由は政府が銀行預金に課税するという方針を打ち出したことです。
そうなると市民たちは銀行にお金を預けたくない、
預ければ預けるだけ税金で取られるのはたまらない!ってことで、
キプロスの市民や投資家は持っているお金を、
ビットコインへの投資につぎ込みました。
これを契機にビットコインの価格はさらに急騰し、
2013年4月10日には1BTCが266ドルに達しました。
この急上昇はビットコインが金の様な強い資産価値を持つ、
「デジタルゴールド」としての地位を確立する一因となりました。
しかしやはり急激な高騰にはぶり返しの下落が付き物で……
同日中に1BTCは54ドルまで暴落しました。
慣れない人たちが手に入れたビットコインを、
いきなり利益を売ろうと売りまくる
➡売る量が減る=欲しがる人がいなくなると同義
➡欲しい人に対して過剰にBTCが出回っているので、
BTC自体の価値が下がり始める
➡価値が下がり始めた!今のうち売り飛ばさないと!
とパニックを起こす人が出る➡余計に価値は下がり続ける
……という悪循環に陥ったわけです。
この激しい価格変動はビットコイン市場が、
当時はまだまだ未成熟だったことや、
短期に利益を得ようとする人々によって混乱してしまうという
=投機的な性質があることを浮き彫りにしました。
せっかく「デジタルゴールド」と呼ばれっ出したばかりなのに、
再び多くの投資家が大きな損失を被り、
「やっぱりビットコインは危険だ」
という見解も広まりました。
しかし「それでもビットコインはゴールドだ!」
「いいや危険なダイナマイトだ!」といった議論が高まることこそ、
更なる世間からの注目が寄せられるようにもなったのです。
世の中何が幸いになるか分かりませんね。

それでも伸びるぞBTC!
2013年10月29日にはカナダ・バンクーバーで、
世界初となるビットコインATMが設置されました。
このATMでは現金とビットコインを直接交換できるため、
多くの人々にとって初めて触れる機会となったのです。
2013年11月18日にはアメリカ上院でビットコインに関する公聴会が開催され、
政府機関や専門家たちが集まり、
ビットコインの利点や課題について議論が交わされました。
この公聴会では「ビットコインは革新的な技術である」
とするポジティブな意見が多く出され、
政府もこの新しい技術を真剣に検討し始めたことを示しました。
これにより市場参加者たちの期待感も高まり、
4月には54ドルだった価格も、
2013年11月29日には1,242ドルという史上最高値を記録します。
この急騰は多くのメディアにも取り上げられ、
新たな投資家や起業家たちが次々と参入してきました。
ここまでくるとどうも……
成長する➡参加者増える➡高騰する➡ぶり返しバブル崩壊!
というパターンは見えてきているのでビクビクモノですが……
待ち構えていた危機はまったく別パターン。
しかし、既に経験済みのピンチでした。

市場最大の危機
2014年2月7日、マウントゴックスはまたも、またしてもハッキング被害を受けました。
大変な事態だった上、一回目同様レートも乱高下する中でしたたので、
確かな被害額ははっきりしませんが、一説によれば約75万BTC
=当時約3億7500万ドル相当が消失した、とのことです。
前回の額さえ比べ物にならない規模で、ヤバさは明白です。
案の定この事件は今なお暗号資産市場最大級の危機として記憶されています。
今回マウントゴックスはいよいよ立ち行かなくなり、
2014年2月25日に取引停止後破産手続きを開始します。
当然この事件によって、再び多くの投資家たちは大きな損失を被り、
ビットコイン市場全体への信頼性も揺らぎました。
注目されては揺らぎ人気が出ては大暴騰……
今回以降、タイトルを『激動編』とした甲斐があるなぁ!
と筆者は思いますけど、当事者たちはたまった物じゃありません。

次回予告
総じて2011年から2014年までの5年間、
ビットコインはぶっちぎりの絶好調と、
地を這う大暴落を繰り返していた……というわけです。
そして2度目ハッキング被害相当物。
果たしてここから巻き直すことなんて可能なのでしょうか?
次回『ビットコイン物語:激動編(中)』にご期待ください!
