はじめに

2025年3月、三井住友信託銀行の元部長がインサイダー取引の疑いで在宅起訴されるというニュースが日本中を駆け巡りました。
この事件は、金融機関という高い倫理性が求められる場所で起きたこと、そしてその不正による利益の大きさから、社会全体に大きな衝撃を与えました。
「インサイダー取引」という言葉はニュースなどでよく耳にしますが、実際にはどのような行為が違反となるのか、なぜこれほどまでに厳しく規制されているのか、詳しく知っている人は意外と少ないかもしれません。
本記事では、三井住友信託銀行の事件をきっかけに、インサイダー取引の基本から、なぜ問題なのか、どんな罰則があるのか、過去の有名事例や防止策、そして私たち投資家がどのような心構えで市場に向き合うべきかまで、初心者にもわかりやすく、じっくり解説します。
三井住友信託銀行のインサイダー取引事件とは?
事件の概要
2025年3月、三井住友信託銀行の証券代行営業第2部の元部長が、業務を通じて知った未公表の株式公開買い付け(TOB)情報をもとに、3つの銘柄の株式を合計約3,210万円で買い付け、約2,900万円もの利益を得たとして、金融商品取引法違反(インサイダー取引)の罪で在宅起訴されました。
この事件のポイントは、銀行の顧客企業に関するTOB(株式公開買い付け)の未公開情報をもとに、職務上の立場を利用して不正に株式売買を行ったことです。
さらに、事件の発覚は元部長自身の自主申告がきっかけで、社内調査や証券取引等監視委員会(SESC)の調査を経て、東京地検特捜部による起訴に至りました。
事件の経緯と社会的影響
- 元部長は証券代行部門の管理職として、顧客企業の株主名簿管理やTOB情報の管理業務に従事していました。
- 2022年12月~2024年8月にかけて、未公表のTOB情報をもとに3銘柄の株式を自己名義で売買。
- 合計約3,210万円を投じ、約2,900万円の利益を得たとされています。
- 事件発覚後、三井住友信託銀行は元部長を懲戒解雇し、社長を含む役員8人の報酬減額処分を発表。
- 社会的信頼の失墜を受け、再発防止策や情報管理体制の強化に取り組んでいます。
この事件は、「金融機関の信頼性」「市場の公平性」「内部管理体制の重要性」といったテーマを社会に突きつけました。
同時に、インサイダー取引が私たち投資家や企業にとって決して他人事ではないことを改めて認識させる出来事となりました。
インサイダー取引とは?基本から徹底解説
インサイダー取引の定義
インサイダー取引とは、会社の内部情報(まだ公表されていない重要な情報)を知っている人が、その情報を利用して株式などを売買し、不正な利益を得る行為を指します。
具体的な例
- 企業の合併や買収、業績予想の修正など、株価に大きな影響を与える情報を知った社員や関係者が、その情報を利用して株を売買する。
- 会社の役員が、決算の大幅な下方修正を知り、自分や家族名義で株を売却して損失を回避する。
- 取引先の銀行員が、顧客企業の上場廃止情報を知り、友人に「今のうちに売ったほうがいい」とアドバイスする。

なぜインサイダー取引は問題なのか?
市場の公平性を損なう
証券市場は「誰もが同じ情報をもとに自由に取引できる」ことが大前提です。
しかし、一部の人だけが未公開の有利な情報を使って取引をすれば、他の投資家は不利な立場に追いやられてしまいます。
これでは市場の公平性が失われ、健全な資本市場が成り立たなくなります。
企業や市場の信頼性を低下させる
インサイダー取引が放置されると、「株式市場はズルい人だけが得をする場所だ」と思われ、投資家の信頼が失われます。
結果として、企業の資金調達が難しくなったり、経済全体の活力が低下したりする恐れもあります。
インサイダー取引の対象者と情報
対象となる人
インサイダー取引の規制は、意外と幅広い人たちに及びます。
- 上場会社の役員・社員(パートや派遣も含む)
- 会社と取引のある銀行・証券会社・弁護士・会計士など
- 退職後1年以内の元社員
- その家族や友人など、内部情報を知った人
「会社の中の人」だけでなく、「会社の外の人」や「情報を聞いた人」も対象になることがあるため、注意が必要です。
インサイダー情報の例
- 合併・買収などの会社の大きな決定
- 決算や業績予想の修正
- 災害や大きな損失、訴訟の発生
- 役員の大幅な交代や不正発覚
- その他、株価に影響する重要な事実
これらの情報が「まだ公表されていない」状態で知った場合、その情報を使って株の売買をするとインサイダー取引に該当します。
インサイダー取引の違反行為と罰則
違反となる行為
- 未公表の重要な情報を知って自分で株を売買する
- その情報を家族や友人に伝えて売買させる
- 伝えられた人が株を売買する
「自分は売買していないから大丈夫」と思っていても、他人に情報を伝えて取引させる行為も違反となります。
罰則
- 刑事罰:5年以下の懲役、500万円以下の罰金(法人は5億円以下)
- 課徴金:不正に得た利益に応じた金額の納付命令
- 没収・追徴:不正に得たお金は取り上げられます
実際には、数千万円~数億円の課徴金や実刑判決が下されるケースも少なくありません。

インサイダー取引の監視と防止策
監視体制
- 証券取引等監視委員会(SESC)が日々売買を監視し、不正な取引がないかチェックしています。
- 証券会社や取引所も、売買の動きに異常がないか常に監視しています。
企業の防止策
- 「インサイダー取引防止規程」を定め、社員や関係者に教育を実施
- 重要な情報は厳重に管理し、社員が株を売買する場合は事前に会社に申請・承認をもらう仕組み
- 社内での情報共有やアクセス制限、定期的な研修の実施
三井住友信託銀行も、事件発覚後に再発防止策や情報管理体制の強化に取り組んでいます。
実際の事例:グッドウィル・グループ事件
事件の概要
グッドウィル・グループ株式会社と業務委託契約を結んでいた会社の代表取締役が、「グッドウィル・グループが株式会社クリスタルを子会社化する」という未公表の重要な情報を知りました。この情報を受け取った人物が、情報が公表される前にグッドウィル・グループの株式1万5,000株を、合計10億8,673万5,000円で買い付けました。得た利益は約4億4,500万円にのぼり、個人によるインサイダー取引事件としては当時過去最大級でした。
判決と処分
- 事件は2009年10月に告発され、東京地裁は2010年2月、被告人に「懲役2年6か月(実刑)」、罰金500万円、追徴金15億3,180万円という非常に重い判決を下しました。
- 情報の伝達者は会社の役員等だけでなく、業務委託先など「会社の外の人」でも対象になることが示されました。
- 情報を受け取った人も、インサイダー取引規制の対象となり、厳しく処分されました。
この事件から学べること
- 会社の外の人でも、業務などを通じて未公表情報を知った場合はインサイダー取引の対象になる。
- 巨額の利益を得ても、すべて没収されるだけでなく、実刑判決や罰金も科される。
- 「知らなかった」「自分は関係ない」と思っていても、法律違反となる可能性がある。
よくある質問(Q&A)
Q1. 少額の利益でも違反になりますか?
A. 金額の大小に関係なく、未公表の重要情報を使って取引すればインサイダー取引となり、違反です。
Q2. 家族や友人に話しただけでも違反?
A. はい。自分で取引しなくても、情報を伝えた相手が株を売買すれば違反になります。
Q3. 退職した後も対象になりますか?
A. 退職後1年以内は、以前の勤務先の未公表情報を使った取引は禁止されています。
Q4. 相続や贈与で株をもらった場合は?
A. 無償の贈与や相続はインサイダー取引の対象外です。ただし、売買を伴う場合は注意が必要です。
Q5. 決算発表直前・直後の売買は?
A. 未公表の重要情報を知っていなければ問題ありませんが、社内ルールで取引禁止期間を設けている場合も多いです。

投資家として知っておきたい心得
1. 情報の出どころを必ず確認
「知り合いから聞いた」「SNSで話題になっていた」など、情報の出どころがあいまいな場合は特に注意が必要です。
未公表の重要事実を利用した取引は、知らず知らずのうちに違反となるリスクがあります。
2. 会社の情報管理ルールを守る
会社に勤めている方は、社内のインサイダー取引防止規程や情報管理ルールを必ず守りましょう。
疑わしい場合は、上司やコンプライアンス部門に相談することが大切です。
3. 公開情報に基づいた投資判断を
投資をする際は、必ず「公表されている情報」のみを使って判断しましょう。
決算短信、適時開示情報、プレスリリースなど、公式な情報源を活用することが安全です。
4. うっかり違反を防ぐために
例えば「家族との会話」や「飲み会での雑談」など、ちょっとした油断が重大な違反につながることもあります。
重要な情報は、たとえ親しい人にも話さないのが鉄則です。
インサイダー取引を防ぐための企業の取り組み
社内教育と啓発活動
多くの上場企業では、インサイダー取引防止のための研修やeラーニングを定期的に実施しています。
新入社員や役員だけでなく、全社員を対象に繰り返し教育することで、意識の定着を図っています。
情報管理体制の強化
- 重要情報を知る社員リストの作成と管理
- 情報へのアクセス制限
- 取引禁止期間(ブラックアウト期間)の設定
- 社員の株取引に対する事前申請・承認制
コンプライアンス部門の役割
コンプライアンス部門は、社内のルールが守られているかを監督し、疑わしい取引があれば調査・指導を行います。
また、社内通報制度(ホットライン)を設け、社員が安心して不正を報告できる環境づくりにも力を入れています。
インサイダー取引の摘発と社会的影響
監視の強化
証券取引等監視委員会(SESC)は、日々の株式売買を監視し、不自然な取引や株価変動があれば徹底的に調査します。
また、証券会社や取引所も独自の監視システムを持ち、異常な売買を自動的に検知しています。
社会的信頼の回復

インサイダー取引が発覚すると、企業は社会的信頼を大きく損ないます。
三井住友信託銀行の事件でも、社長を含む役員の報酬減額や、再発防止策の強化が発表されました。
企業のトップ自らが説明責任を果たすことで、信頼回復に努める姿勢が求められます。
おわりに:投資の公平性と信頼性を守るために
インサイダー取引は、「みんなが公平に投資できる市場」を守るための大切なルールです。
三井住友信託銀行やグッドウィル事件のように、会社の内外問わず未公表の重要情報を使って株の売買を行うと、厳しく罰せられます。
知らずに違反しないよう、会社の情報や株の売買には十分注意しましょう。
「知らなかった」では済まされません。気になることがあれば、会社や専門家に必ず相談しましょう!
この記事を通じて、インサイダー取引の重要性やリスクについて理解を深めていただけたでしょうか?
投資を行う際は、常に公正な情報に基づいた判断を心がけましょう。
市場の公平性と信頼性を守ることが、すべての投資家の利益につながります。
「ルールを守って、安心・安全な投資ライフを送りましょう!」

参考文献
- 三井住友信託銀行、インサイダーで社長ら報酬減額 監視強め再発防止
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB014DY0R00C25A5000000 - インサイダー取引とは?対象となる人や行為、罰則、防止策を解説
https://www.nihon-ma.co.jp/columns/2022/x20220111 - インサイダー規制
https://www.jpx.co.jp/regulation/preventing/insider/index.html - 内部者取引防止規程 事例集
https://www.jpx.co.jp/regulation/public/nlsgeu000001igbj-att/1-04index_pdf_08.pdf - 最近のインサイダー事案の傾向と当局の取組み
https://www.fsa.go.jp/sesc/torikumi/20111125-1.pdf - インサイダー取引規制の逐条検討(その1)-金融商品取引法第166条(1)
https://www.jpx.co.jp/corporate/research-study/research-group/nlsgeu0000037sge-att/20180323_1.pdf - インサイダー取引の違法性について
https://kpu.repo.nii.ac.jp/record/4186/files/KJ00005892019.pdf - 会社関係者のインサイダー取引規制と未然防止体制 – J-Stage
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jilijournal/2019/208/2019_115/_article/-char/ja/ - インサイダー取引の基礎となる重要事実 – CORE
https://core.ac.uk/download/pdf/230305154.pdf - 日本取引所金融商品取引法研究
https://www.jpx.co.jp/corporate/research-study/research-group/nlsgeu0000018el5-att/13.pdf - 内部者取引規制の判断基準について – 機関リポジトリ HERMES-IR
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/23266/0201200701.pdf - コーポレート・ガバナンスとインサイダー取引の未然防止 – 九州大学
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/15775/76_2-3_p045.pdf - 公益事業規制と競争政策の法的論点の一考察 – 日本エネルギー法研究所
https://www.jeli.gr.jp/img/file129.pdf - カナダにおけるインサイダー取引規制の研究 – KAKEN
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-23530088/23530088seika.pdf